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中森明菜【2022最新】金銭トラブルで家族と絶縁?複雑な生い立ちや確執理由も詳しく



活動再開を発表した歌手の中森明菜さん。2017年のディナーショーを最後に休養に入ったと報じられています。

どうやら休養の裏には家族との確執がささやかれているようです。

気になりますよね。そこでここでは

  • 中森明菜の複雑な生い立ち
  • 中森明菜は家族と絶縁?
  • 絶縁理由は金銭トラブル?

など、家族との確執理由を調べてみました。

ぜひ最後までお付き合いくださいね~





中森明菜の家族構成は8人で複雑な生い立ち?

複雑な生い立ちが騒がれている、中森明菜さんのプロフィールをご覧ください。

  • 本名:中森明菜(なかもり あきな)
  • 生年月日:1965年7月13日
  • 年齢:57歳(2022年8月時点)
  • 出身地:東京都清瀬市
  • 学歴:明治大学付属中野高校中退
  • 職業:歌手・女優

中森明菜さんは1965年7月13日、6人兄弟の5番目として東京都大田区で誕生。その後、東京都清瀬市に移り住み幼少期を過ごしたといいます。

6人兄弟全員の名前に『明』という漢字を使っている中森家。

どうやら、父親明男さんの一文字を取って命名したそうです。

  1. 長女:明恵(あきえ)
  2. 長男:明浩(あきひろ)
  3. 次男:明法(あきのり)
  4. 次女:明子(あきこ)
  5. 三女:明菜(あきな)
  6. 四女:秋穂(あきほ)

明るくにぎやかな家庭であって欲しいという母親・千恵子さんの願いも込められていた6人兄弟の名前。

しかし、あまりにも兄弟が増えたため、次第に『明』の下に付ける漢字選びに苦労したといいます。

ちなみに中森明菜さんは、長女の『明恵』という名前が良かったとか。とても聡明で優しい性格という長女の明恵さんに、幼少期の中森明菜さんは憧れていたようです。

8人家族を支える父親の明男さんは精肉店を経営していましたが、とても貧しかったという中森家。

中森明菜さんは、大好きな家族を支えるため重大な決意を固めました。

中森明菜は家族を養うため芸能界へ

中森明菜さんの子供の頃の夢は『保育士』でした。

しかし、子だくさんの家庭はとても貧しかったとか。そこで中森明菜さんは家族を養うため、また母親の夢でもあった芸能界の道を選択します。

ただ、様々なオーディションを受けたものの落選が続いたそうです。

そんな中森明菜さんに転機が訪れたのは、1981年7月11日のこと。

16歳の誕生日を目前に出演した『スター誕生』で、見事に合格を勝ち取りました。

高い歌唱力は多くの審査員を魅了し、複数のレコード会社がスカウトに名乗りを挙げたそう。

そして1982年5月1日、ワーナーパイオニアから『スローモーション』でデビューします。

しかしデビューしたからといって、すぐにスターになったワケではありません。

中森明菜さんは地方のデパートやショッピングモールで営業活動しながら、地道な努力を続けてきたそうです。

そんな中森明菜さんの心の支えは家族の存在

  • このステージをやればお金が入る
  • 家族に好きな物を買ってあげられる

家族を養いたいという思いが、下積み時代の原動力になっていたといいます。

複雑な生い立ちを感じるエピソードですよね。

そして1982年7月28日にリリースした2ndシングル『少女A』のヒットをきっかけに、一気に知名度を上げた中森明菜さん。

その後リリースする曲は全て大ヒットを生み、数々の音楽祭で賞を総なめに!

歌謡祭では祝福に駆けつけた家族を見て、思わず号泣するシーンもあったといいます。

歌姫と称された中森明菜さんの人気は不動のものとなりました。

しかし、人気が上がるとともに家族関係に亀裂が生じ、絶縁状態になってしまったようです。

中森明菜は金銭トラブルで家族と絶縁?

人気とともに収入も増えていった中森明菜さんは、両親や兄弟のためにビルを建て、そのビルで一家はスナックや中華料理店を営んでいました。

親孝行をしたい、家族に楽させたいと選んだ芸能界。

しかし、中森明菜さんの思いは家族には届かなかったようで、家族間の金銭トラブルが起こってしまったようです。

ヒットを出せば出すほど莫大なお金が家族に流れ、その結果、家族が働かなくなったという報道も…。

過去には中森明菜さんの当時の事務所にまでお金の無心に来たという家族。

自分には無断でお金を借りる家族に対し、中森明菜さんの不信感は拭えないものになりました。

家族との金銭トラブルが原因で、大好きな家族と絶縁状態になってしまった中森明菜さん。

その背景には最愛の母親の死も関係しているといわれています。

中森明菜と家族の確執は母親の死がきっかけ?

中森明菜さんは、母親の千恵子さんが大好きだったといいます。

母親を「お母ちゃん」と呼んでいた明菜さんは、幼少期は母親にべったり。どこに出かける時も母親と手を繋ぎたがっていたそうです。

若い頃は歌手を目指していたという母親の千恵子さん。19歳の時に鹿児島から上京し、新宿歌舞伎町のキャバレーで働いたといいます。

しかし夫の中森明男さんと出会い、21歳で結婚。歌手の夢は6人兄弟の5番目中森明菜さんへと託されることに。

中森明菜さんは大好きな母の期待に応えるため必死に頑張ったそうですが、最愛の母・千恵子さんにガンが見つかります。

発見された時には既に末期の状態。そして1995年6月10日、最愛の母千恵子さんが死去しました。

千恵子さんの夫で中森明菜さんの父親・明男さんによると、なんと母親の入院中、娘の明菜さんは一度もお見舞いに訪れなかったというのです。

薄情な娘と明菜さんを非難していた父親の明男さでしたが、別のメディアの取材では次のような発言を・・・

明菜は母が亡くなる前日、病院に来たんです。目にいっぱいの涙をためて、こぼれ落ちそうになりながら“お母ちゃん、明菜だよ”と声をかけて、手を握ってね。

あらっ、父親の話が食い違ってる…。明菜さんは母親のお見舞いに訪れていますよね。

母親千恵子さんの死後、様々なメディアで娘の明菜さんについて語っていた父親・明男さん。

どうやら取材を受けるたびに、メディアからギャラを貰っていたという噂。

嘘を流されたうえに『ギャラまでもらっていた』と知ったら、中森明菜さんが家族を信頼できなくなるのもわかります。

中森明菜は中森家から籍を抜いていた?

中森明菜さんは母親の死後、家族に黙って中森家の戸籍から抜けたそうです。

そこまでしてでも家族と関係を切りたい、という強い意志を感じますね。

中森明菜さんが中森家の戸籍を抜けた理由は、母親の死にあったと囁かれています。

生前の母千恵子さんは『中森家じゃなく、自身の実家の墓に入りたい』と希望していたとか。

夫と同じお墓に入るのを拒否するなんて…。ひょっとすると、夫婦の間にも確執があったのかもしれません。

最大の理解者でもあった母親・千恵子さんの死去。母を失った中森明菜さんにとって、中森家に籍を置く意味がなくなったのかもしれません。

母千恵子さんの遺骨は本人の遺言通り、千恵子さんの両親が眠るお墓に納骨されたそうです。

母親の命日にはたびたび墓参りに訪れているという中森明菜さん。

他の家族とは絶縁状態にありますが、天国に旅立った母親との関係は今も続いているようです。

中森明菜と妹明穂の確執

2019年5月、中森明菜さんの妹・中森明穂さんが死去します。実は妹の明穂さんもかつて芸能界で活動していました。

子供の頃はとても仲が良かったという明菜さんと明穂さん姉妹。1歳違いの姉妹はいつも一緒だったとか。

しかし、妹・明穂さんの芸能界入りをきっかけに、姉妹の関係に亀裂が入ったそうです。

一説には明穂さんが出した『セミヌード写真集』に、姉の明菜さんが反対したとの情報も。

当時、妹明穂さんのデビューには、姉中森明菜さんの『七光り説』が囁かれていたといいます。

明穂さんは巷の声を払拭するため、躍起になってセミヌードに挑戦したと騒がれました。

しかし写真集の売上げが振るわず、事実上芸能界を引退したそうです。

そもそも、妹の芸能界入りにも大反対したという姉の中森明菜さん。妹の芸能界入りが引き金となって姉妹の間に確執が生じたという噂。

中森明菜さんは妹・明穂さんの葬儀にも出席しなかったと報じられており、それほどまでに深い溝が出来てしまったことが伺えますね。

まとめ

中森明菜さんと家族の確執理由を紹介しました。

家族を養うため、母親の夢を叶えるために進んだ芸能界。しかし、中森明菜さんの想いは家族には届かなかったようです。

金銭トラブルが原因で家族とは絶縁状態。

そんな中森明菜さんの幸せを願わずにはいられません。

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