矢沢永吉

矢沢永吉の生い立ちと初恋 | 若い頃の甘いエピソード

今回は、矢沢永吉さんの幼少期の生い立ちと初恋について取り上げます。

矢沢永吉さんは、どんな幼少期を過ごし、どんな初恋をしたのでしょうか。

ロックンローラー矢沢永吉の幼少期と初恋のストーリーです。どうぞ御覧ください。




矢沢永吉の幼少期の生い立ち

  • 名前:矢沢永吉(やざわ・えいきち)
  • 生年月日:1949年9月14日(67歳)
  • 出身地:広島県広島市南区仁保
  • 身長:180㎝
  • 血液型:B型

矢沢永吉さんが生まれたのは1949年です。

広島へ原爆投下され焼け野原になって僅か4年後のことでした。

広島は原爆で焼け野原となり、多くの死者が出ましたが、永吉さんの父親も原爆の犠牲となり被爆してしまいます。

誰にとっても生きていくのが困難だったこの時代。

悲しくも、永吉さんが3歳の時に、母親は家から蒸発。父親は原爆の後遺症からか、永吉さんが小学2年の時、亡くなりました。

矢沢永吉さんの記憶の中にある父親の姿とは、酒を飲み荒れている姿だったそうです。

父親の死後は、一学期ごとに親戚にたらい回しされることもあったとか。そして、小学2年の時から高校を出るまではお婆ちゃんに育てられたそうです。

矢沢永吉さんは「どうして両親がいないんだろう」という思いに駆られました。

小学校時代はいつも空腹で、遠足の時の持ち物も月謝の時も他の子供といつも何かが違っていたのは「貧乏」だからだと、小学校4、5年になって気づいたそうです。

お金がかかるスポーツのことは当時まったくの無知、グローブも買えなかったので野球のことはルールも知らず、海水パンツも買えず川原で泳ぐのが唯一の遊びだったとか。

貧乏から成り上がってやる、という矢沢永吉さんの反骨精神はまさにこの頃から培われたのかもしれません。

そんな矢沢永吉さんが「音楽」と出会ったのは中学2年の時。

エレキブームが到来するとエレキのサウンドの虜になります。永吉さんはワル仲間とつるんで、

  • 学校さぼってエレキ・コンテストを見に行く
  • テレビのある友達の家にくりだす
  • エレキを買ったクラスメートの家に入り浸る

など不真面目な生活を送っていました。

矢沢永吉さんの初恋

ワル仲間とつるんでいた中学時代の矢沢永吉さん。

中学3年のとき強烈な初恋を経験します。

矢沢永吉さんは、同じクラスの女の子を好きになってしまいました。

矢沢永吉さんは内面はとてもシャイだったようで、、

話しかけると”言語障害”になって話しかけられない。

というバズりっぷりだったそうです。

でも、、

その初恋の女の子とは文通をする仲になりました。

そしてそのとき、その女の子からの手紙に

「矢沢君、まじめになって」

とあったことがきっかけで、本気で改心を決意します。

それ以後はワル仲間とつるまなくなりました。勉強に励みだし、数学が好きで技術系の試験が得意だったというエピソードが残っています。

その後、音楽の道に進むと決めて横浜に上京してからも、初恋の彼女との文通は続きました。

そして、この文通は、彼女に彼氏ができて終結を迎えたそうです




まとめ

今回は、矢沢永吉さんの幼少期の生い立ちと初恋について取り上げました。

矢沢永吉さん、初恋の彼女と文通する仲だったんですね。文通では、どんなやり取りをしていたんでしょうね。

ロックンローラー矢沢永吉さんの、甘い恋のエピソードでした。笑