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滝沢秀明の生い立ちが泣ける!兄の死や父親のようなジャニー社長の存在とは?

タッキーは母子家庭で親は再婚、極貧生活だったとか、超泣けます。

どんな生い立ちだったのか、、改めて調べてみたら、タッキーの人生、壮絶でした。ジャニー喜多川社長のことを「父親的存在だった」と語るのも納得で、兄貴エピソードも感動して泣けてしまいました。

今回は滝沢秀明さんの生い立ちや実兄の死、ジャニー喜多川社長との関係についてまとめてみました。よかったら読んでみてください。

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滝沢秀明のプロフィール

滝沢秀明

出典:Wikipedia

生年月日 1982年3月29日(36歳)
出身地 日本・東京都八王子市
身長 169 cm
血液型 A型
職業 歌手・俳優・タレント
ジャンル テレビドラマ・舞台・CM
活動期間 1995年4月23日 – 2018年
所属 ジャニーズ事務所

滝沢秀明さんは、自分で履歴書を送り、オーディションを経て1995年に13歳でジャニーズ事務所に入所しました。

14,5歳の頃から社長のジャニー喜多川さんにリーダーとしての素質を買われ、ジャニーズJr.のリーダーとして活動。また、ジャニー喜多川に頼まれて入所1年目からジャニーズJr.のオーディションの面接官も務めていたそうです。

ファンから絶大な人気を誇り、やや別格扱いを受けていたことから「小さいジャニーさん」とも言われていたうです。

滝沢秀明の生い立ち

極貧の幼少期・両親が離婚

滝沢秀明さんは幼稚園のときに両親が離婚し、祖母、母親、兄、姉、自分、の5人家族で育ちました。

幼少の頃から「父親からは子どもながらにわかりやすい愛情を受けた記憶はない」とのこと。

父親と母親は離婚。くしくも父親の出ていった日に、荷物を運ぶのを笑顔で手伝ってしまった、、ということだけが滝沢秀明さんの記憶に残っているそうです。

幼稚園の時、両親が離婚し父が家を出て行ってからは、生活が一変しました。

鉛筆、消しゴムすら満足に買えない。学校の落とし物を自分のものと偽って使ったことも。

また、着るものにも困り真冬でもタンクトップと短パンで過ごし、友達からは「貧乏」と言われていたそう。

短パン姿の滝沢秀明さんを見て校長先生は「みんなもこの子達みたいに元気になりなさい」と言ってくれたようっですが、複雑な心境だったようです。

いじめられるのが嫌で、クリスマスの作文では父からバイクをプレゼントしてもらったとウソをついたり。

食べるものが無く、帰りの遅い母を待つ間、兄弟で1つのお菓子を分け合って食事代わりにしたことも。

手作り餃子の中身がミンチではなくツナ缶だった

というのはファンの間では有名な話。

兄弟は面倒はみてくれるものの、やはり親代わりとはいかなかった様子。

一刻も早くこの極貧生活から抜け出したくて、中学生になると「どうやったら子どもも働けるんだろう」とばかり考えていたそうです。 

つらい幼少期だったようですね。早く稼ぎたいとの気持ちで一杯で、ジャニーズやアイドルへの憧れがあったわけではなかったようです。金スマでも

「どこでもよかったんです」

と告白。ただこの生活を抜け出したかったと胸中を語りました。

滝沢秀明さんはオーディションでは、ろくに自己アピールもダンスもできず、落ちたと思ったようですが、その目つきは真剣そのもの。ジャニー喜多川社長に見出されます。

ジャニー喜多川社長から直接電話があり、いきなり2週間後に舞台でバックダンスを踊ることになりました。その貴重なバックダンス動画はこちらです。

その後、13歳でドラマに抜擢されるなど活躍してきます。

滝沢秀明の母親は再婚し、異父兄弟を出産。

滝沢秀明さんの母親はほどなく再婚したため、滝沢秀明さんには再婚相手の新しい父親がいるようです。

再婚相手の父親との関係はどうだったのでしょう?

母親が再婚するまで、滝沢秀明さんの名字は「指田」。再婚を機に、名字は「滝沢」へ変更となりました。

芸名「滝沢秀明」は実は本名だそうです。再婚した父親の姓を名乗っているので、関係は悪くないのでは?とも言われています。

ただ、やはり思春期の頃に母親が再婚というのは受け止めるのに苦労したのではないでしょうか。

あまり環境には馴染めなかったという話です。

その後、母親は再婚相手との間に子供を授かり、男の子を出産したそう。滝沢秀明さんに異父兄弟がいるということになります。

再婚相手と異父兄弟を含め6人家族に。胸中には色々複雑な思いも抱えていたでしょうね。

滝沢秀明にとってジャニーズ事務所とは

滝沢秀明の告白・ジャニー喜多川社長は父のような存在

そんな滝沢秀明さんにとって、ジャニー喜多川社長は父親的存在だったそうです。

「小さい頃に学ばなきゃいけないことを1から教えてくれた人。どこかで“オヤジ”っていうのはこういう存在なのかな」

初めて“父”という存在を知った様子を語りました。

やはり、再婚相手の男性は父親とは見れなかったようですね~。

貧しかった滝沢秀明さんは、よくジャニー社長に食事に連れて行ってもらったそうです。一緒に夢を語ったり、、滝沢秀明さんにとって安心できる居場所になっていったようです。

社長のジャニー喜多川さんにリーダーとしての素質を買われ、仕事を通して、演出のことから生活の規律のことまでさまざまなことを学んだようです。

思春期ですから、時には自らの怒りの矛先をジャニー社長に向けることもあったそうですが、社長はいつも優しく受け止めてくれたのだとか。

滝沢秀明さんは、やりがいを感じたことでしょうね。もしかしたら自分の居場所を見つけて嬉しかったのかもしれません。

16歳のとき引退を思いとどまった理由

社長に見出されてジャニーズ事務所で特別扱いを受けていた滝沢秀明さん。リーダーとしての責任は重たく、その重圧はかなりのものだったようです。

プライベートでもJr.メンバーに何かがあるとメンバーを代表して謝りに行っていたそう。

耐え切れず16歳の頃に1度引退を考えたこともあるのだとか。でも母親の「帰ってきなさい」という言葉にもかかわらず逆に思いとどまったそうです。

ジャニーズを辞めて帰ったところで、複雑な6人家族の家庭環境に中に身をおくのも、きっと苦しかったんじゃないでしょうか。

どちらを選んでも苦しいなら、父親的存在の社長に付いていこうと思ったのかもしれません。忙しいほうが、余計なことを考えなくて済みますしね。

滝沢秀明の告白・三宅健は兄のような存在

実は、滝沢秀明さんのお兄さんは数年前に亡くなったそうです。

 

兄を亡くした滝沢秀明さんにとって、そしてジャニーズ事務所の後輩たちにとって、三宅健さんは兄貴のような存在だと語りました。

滝沢秀明さんの実兄の死因はなんだったのでしょうか?

2歳上の兄だったそうで、「死因は事故死、もしくは、病死ではないか」と言われていますが、情報は明らかにされていません。

Jrの後輩たちにとってだけでなく、実兄を失った滝沢秀明さんにとって、三宅健さんの存在は大きかったのですね。

ジャニーズ事務所に自分の居場所を見出した

ジャニー喜多川社長がその素質を見出された滝沢秀明さん。滝沢秀明さんはリーダー、そして教育係としての素質があったようです。

入所1年目からジャニーズJr.のオーディションの面接官も務めたりなど、特別扱いは有名でした。

滝沢秀明さんは「嵐を結成する時に、(5人がジュニアから)出たことで今後のジュニアをどうするか。ジャニーさんと相談しながらやっていた」という衝撃のエピソードも。

滝沢秀明さんが嵐のメンバーではないことに当時のJrは動揺したようですが、Jrを守っていく大事な役割を任されたのでした。

デビューしてJr.を卒業した後も、舞台などで後輩Jr.たちと過ごす機会が多く、ジャニー喜多川社長がピックアップしてきた子たちの素質をなんとか見つけて育てたいという思いで必死で教育してきたそう。

事務所では、後輩たちから「頼れるお兄ちゃん」的な存在に。

後輩を頭ごなしに怒らない、喧嘩をした時にはキスをさせて仲直りさせるなど、ちょっとユニークではありますが、「教育係」としても力を発揮しているようです。

きっと、ジャニーズ事務所は、滝沢秀明さんにとって、家族同然の居場所なのかもしれませんね。

滝沢秀明さんの芸能界引退後は次期社長?

滝沢秀明さんは芸能界引退後は、ジャニーズ事務所に残って裏方として活動するそうです。

ジャニーズ事務所の次期社長とも噂される滝沢秀明さん。ジャニー社長からの信頼も厚く、右腕として青春時代から手腕を振るってきたわけですが、社長となる可能性はあるのでしょうか。

個人的には、ジャニーズ事務所はジャニー喜多川社長の家族が経営する同族会社。親族でもない限りトラブルのもとなので、それはナイかなという気がします。詳しい記事はこちらに書きました。

滝沢秀明さんもあえてトラブルを起こしたくはないでしょう。ジャニーズ事務所は家族同然の仲間がいる場所ですから、裏方として、プロデュースの実務を積んで恩返ししていくんじゃないでしょうか。

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まとめ

滝沢秀明さんの生い立ちやジャニー喜多川社長との関係、ジャニーズ事務所の社長になる可能性についてまとめました。

ラインスタンプを発売したり、新たな挑戦も始めている様子。

アイドルを引退してもぜひ活躍してほしいですね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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